根付とは

「根付」という物をご存知でしょうか?

 「根付」とは、その昔、武士や町人たちが、巾着や煙草入れ、印籠などを帯に吊るす時につけた滑り止めのための留め具です。ポケットのない着物生活で、細かな物や貴重品を持ち歩く際は、「提げもの」と呼ばれる袋物などに品々を入れ、根付を使って帯に吊るして携帯するのです。そうした意味では、実用品であったわけですが、だんだんと細工や彫刻に凝られるようになり、粋な男性の装飾品、アクセサリー的な要素も強くなっていったものと思われます。下に提げる袋物や印籠の図柄などとの組み合わせで、デザインやモチーフによる遊びやひねりも楽しみます。ただの道具から始まった根付も、加速度的に進化を遂げ、ついには美術工芸品の域にまで達するものも作られるようになったのです。そうして、手のひらに納まるほどの小さな中に、作り手の美意識や技術が凝縮されるようになった根付は、ただの実用の用途のみでなく、鑑賞のための用途もかねるようになりました。
 「根付が根付であるため」には、装身具として実用に耐えうるように、フォルムやサイズ、あるいは紐を通すための穴をあける、また手にとって眺められるよう上下・裏表どこからも見られても、作品として完成している事などの制約があります。そこが「根付」と、ただの小さな彫刻の作品との違いです。美術工芸品として見た場合に、掌の中で転がして観賞する、というような彫刻品は、他に類がないのではないでしょうか。さまざまな制約のある中に、工夫を凝らすことで、独特の世界観を作ってきたのです。小さな中に工夫をし「世界」を凝縮するという行為は、古来から日本人の独壇場です。江戸の昔から愛されてきた、日本独特の美術工芸品である根付の魅力がそこにあります。

 今、「根付(ねつけ)」という言葉を聞くと、たとえば神社などで売られている「小さな和風のストラップ」を思い起こす、あるいは「ケータイストラップ」と同じものと思う人も多いようです。たしかに小さくて、何かの端から伸びた紐の先についている!というところを見ると似ていなくもありませんが、本来の「何かを帯から提げるための機能」を考えると少し違っています。けれども、当初は、小さなただの飾りで用途のなかったケータイストラップも、今ではサイズも大きくなり、ポケットや鞄から携帯電話を引っ張り出すための用途を果たすようになりました。そんな光景を見ていると、ストラップも日々進化しているのだなと思います。
 日本人は、本当に小さな物をぶら下げて遊ぶのが好きです。外国の携帯電話には「ストラップ」をつけるための穴がない物もあるそうです。きっと昔から「根付」のちいさいようなものをぶら下げたりしてきたのではないでしょうか。そうしているうちに、洋装の普及と共に「着物と帯と根付」の組み合わせは減っていき、ぶら下げるための小さなサイズ物が残り、それらが「根付」と呼ばれるようになってきたのかもしれません。

 小さな物を愛おしみ生活の中で共に過ごして楽しむという気質が、日本人には昔からあると思います。それが受け継がれて、今の世にも生きています。「ちび盆栽」を育てる人、「お菓子のおまけ」を集める人、「ストラップ」をジャラジャラと鈴なりにつける人、皆、同じ心根かもしれません。根付はそういう心情の結晶であると思います。

素材

根付に使われる素材は、木材(黄楊・黒檀・檜・桜・一位材など)、動物の角や牙(象牙・鹿角・マンモス、猪の牙・水牛の角など)、陶磁器、金属、ガラス、アクリル樹脂など、様々です。
 モチーフとなるものも特に限定するものもなく、大変自由なものです。例えば、動物・妖怪・神様・伝説の人物から、文化風俗・現代的な造形美に至るまで、あらゆる物が作られてきました。どんな題材が「根付」にふさわしいのかは、愛好家にとっても、作家にとっても、大きな関心事ですが、その時代の空気を反映したようなもの、あるいは伝統的な中に何か新しいものを注いでいく、それこそ様々な作品が今後も生まれていくことと思います。伝統を受け継ごうとするもの、新しい何かを追求するもの、多様な作り手と作品が現代の根付世界を豊かなものにしていくと考えています。

根付の歴史

 根付は、文化文政年間(1804 - 1830)に、その最盛期を迎え、遊び心溢れた実用品として、身分を問わず広く愛されました。
 明治以降、服装が着物から洋服へと変わるにつれ、根付の需要も減りはじめます。ところが、この頃、鎖国を解いた日本を訪れた欧米人たちの目にとまることとなりました。明治政府は、美術品として海外に輸出することを奨励、以降、根付は小さな美術品としての道を歩み始めます。美術蒐集家のコレクションの対象となっていったのです。現在でも、海外に愛好家が多く、名品の数々も海外の美術館などに多数収蔵されています。(海外での根付に対する評価とは異なり、日本国内での認知度は、まだまだ低いのが現状です。)
 1970年代から根付の世界にも新しい動きが見られるようになりました。一部の愛好家と作家によって、現代の美術的な根付作品が作られ始めたのです。それによって、素材やモチーフデザインも多様化しました。現代的な題材や新しい素材への挑戦も続いています。

根付の今

「根付の現代作家?今の世に根付師なんているの?」と思われる方も多いのではないでしょうか。根付には、おおまかに「骨董の根付(古根付)」と「現代作家の根付」の二種類がありますが、江戸時代に作られたような「古根付」をイメージされることのほうが多いのではないでしょうか。しかしながら、根付の奥深い世界に魅せられて、根付を作るようになった現代作家も数多くいます。また、江戸の昔からの伝統を大切に受け継いできた職人の系譜も少ないながら続いており、さらには外国人の根付作家も生まれています。世界中では総勢100人以上の作家が、根付制作に日々励んでいるのではないでしょうか。

 江戸時代、根付の文化が最盛期を迎えた頃の人々の暮らしの中で、根付とはどんな存在だっただろう?と想像してみることがあります。なかなか今の世で、比べてみる物もありませんが、実用品であることや、お洒落のアイテムでもあり、価格も千差万別ある・・。要素としては、今の腕時計に近いのでは?と思います。腕時計には、世界の名工が作った物や、あるいは希少価値のある物、有名デザイナーのデザインした物など、とても高価な物から、極々簡単な安価な物まで、様々な物があります。ただ使えれば良いというものから、やっぱりお洒落に格好良く!というもの、中にはジュエリーのような高価なものまで、いろいろな使い方がされています。
 江戸時代の根付も、まさにそんな感じだったのではないでしょうか?多様な根付に、多様な需要があった事と想像されます。

 洋装が主になった現代でも、身につけて実用し楽しまれる愛好家の方々は、また少しずつ増えているように思います。過去の物としてでなく、日常に取り入れて楽しむのも、古くて新しい試みと言えるかもしれません。使う、あるいは身につける事で、根付の表情も活き活きとしてきます。是非、お勧めしたいと思います。
 日常使いの根付というものの可能性の一方で、美術工芸品・アート作品としての可能性も広がりつつあります。現代社会の中で、作品を制作し発表していくということにおいては、現代根付もまた現代の美術界と自覚的であれ無自覚的であれ、無縁ではないと考えています。根付から派生したアート作品というものも、今後は発展していく可能性があるでしょう。

 先に例としてあげた腕時計のように、多種多様な在り方の根付が、次々と生まれ展開していくことを願ってやみません。