束手

Shūshu

題名
束手
大きさ
4.3 × 2.9 × 2.7 cm
素材
蝦夷鹿角 象嵌:黒檀
価格
販売済
制作年
令和3(2021)年
管理番号
ssi21090201
備考
意匠原案:文那、根付彫刻:至水
作品解説
束手無策
「束手の名を冠し第二層霊位に存在する私の塊根の如き体躯から旺盛に萌出させた手根の全てには、現世の理を操作せしめる力が宿っている。ある夜不意に現世を見下ろすと今際の際彷徨う母に寄り添い泣きじゃくる童が目に留まった。
母の魂の器は亀裂が酷い、零れ出した魂塊はかろうじて器に留まってはいるが崩壊分離は時間の問題だろう。壊れた器から分離した魂塊は霊層の狭間に到達するが上層霊位を目指す事無く輪廻の列に並び転生を待つ、第三層霊位発現より無限に繰り返されて来た輪廻転生は、むしろ“ヒト”に組み込まれた不文律なのかもしれない…
そんな考えを巡らせつつ、今にも零れ切りそうな魂塊に指根を当て器に押し戻し、頭から爪先まで指根を滑らすと、亀裂は跡形も無く消え去り、母は意識を取り戻した。悠久の時を費やし未だ第三層霊位より脱せぬ未熟な魂の器である“ヒト”には決して干渉してはならない、これは我々上層霊位の存在全てが心得る不文律である。ただ気紛れに“輪廻を止めてみた”それだけだったのだが、眼前の奇跡に一層喜び泣きじゃくる童がこちらを見上げ手を合せているではないか。
下層霊位の魂に我々は視認出来ぬ筈だが… そんな疑問も消え去る程、一心に喜びと感謝を表す童の姿を見ている内に、自身にも微かに湧き上がる喜びの情、充足感、その時からだ、私の存在を気付かせず未熟な魂を救済する日々が始まった。“ヒト”の苦悩を霧消させるのは容易い、より多くの魂を救うため止め処なく萌出させた救済の手根は千に達し、国中の“ヒト”の喜びを得たいとまで思わせていた。妙な事態に気付いたのはそれから50年程経った頃だ、あの瞬間から確かに存在していた一つの視線を通し、膨大な数の救済を求める“ヒト”の思念が明らかに私に向けられている。
視線を辿ると其処には私を見上げ手を合わせる白髪の男が一人、それは母の命を救われた童が成長した姿だった。
その男は私の存在を“ヒト”の世に知らしめ、奇跡を体現する者として救済を求める“ヒト”の群を扇動するまでになっていた。奇跡に対する期待は貪欲に日々増大し、遂に私の千の手根を以てしても拾い切れなくなった。
叶わぬ奇跡は私に対する失望に変わり、怒りが生まれ、怨恨と成る… それでも止まぬ魂の救済への欲求に辟易した私の手根は萎れ数を減らし、思わず残った手根を背に廻した刹那、西方の彼方“ヒト”に干渉した末に堕天した豊穣神の話を思い出していた。
「まさか私も他層霊位間干渉事案の特異点になってしまうとは…”
気紛れに不文律を破った事を後悔し、束手は永遠に沈黙した。神は救いの手を差し伸べる事を止め「ヒト”の世から奇跡は消え失せたようだ」
(至水)

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